知人からだいぶん昔(20年前くらい)に頂いた、わが家の観葉植物の、いな蔵くん、ほとんど水も栄養液もやらず、ほったらかし、今朝、なんと、新芽を発見!どんなに厳しい環境でも、粘り強く頑張ろう、いな蔵くんに、ちなんで!
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関学フェスタイン四国
東北震災地を訪れました(NO.1)
陸前高田(岩手)では、市街地が一瞬にて消失、テレビ等で認識していたのだが現実を目の当たりにしガク然!あらためて自然の驚異を痛感した。新たな堤防作り、商店街や公共施設があった市街地ではかさ上げ工事、山を削り高台移転の作業等、復旧・復興へのクレーンやシャベルカーの槌音、砂埃をあげ行き交う大型トラック、また震災後、新たな野菜工場や観光ホテルの開業は明日への一縷の希望を感じた。役所で復興計画についてレクチャーして頂いた。丁寧に住民のコンセンサスを得ながら作成した8年間の計画に基づき、がんばろう東北を合言葉に前向きに頑張っているとのこと、・・・復興の進捗状況に注視したいし、8年後のまちの姿を見てみたい。そして、犠牲になったたくさんの皆さんのご冥福を祈り、息の長い復興支援に協力を誓い、又松山の地域防災に教訓を生かさねば!と思いを新たにした。
米国ワシントン州高校野球チーム来松
米国、西海岸の最北部、カナダ国境に位置するワシントン州のオーバン・ケント市から高校野球チームとその家族総勢45名が11月22~24日に来松した。
ワシントン州は、イチローのいるシアトルマリナーズのまちとしても有名で、日系人も多く住んでおり、今回来松したチームも長谷川さんという日系人が監督である。
青少年の国際交流と健全育成促進の趣旨で有志の議員連盟を結成し受入れのお世話役の一員としてお手伝いをさせて頂いた。
米国チーム一行は、来松初日、市長を表敬訪問した後、松山城や道後温泉を観光し、夜は奥道後で歓迎レセプション、そして2日・3日目に坊っちゃん球場で松商、新田,済美、松山東高校と交流試合を行った。
米国チームは、平均身長は180センチを越え、走力、筋力等、個々の身体能力は格段に上であった。
しかし、野球はチームプレー、細かい技術は日本の方が優れ、試合結果は日本の4戦全勝だった。
長谷川監督いわく、松山の、まちの素晴らしさ、子ども達の野球に対するひたむきな姿勢、食文化等の日本の異文化に触れ多くの事を体感でき大変有意義であった。
今回の受入れにあたっては、皆が素人、ホテル、バス、球場、対戦校の手配や、スポンサー、協賛金の要請等、手探り状態で大変だったのだが、やりきった後の充実感は、これまでの苦労が一気に吹っ飛ぶ何物にも代えがたい爽快感だった。
(20年11月24日)
真夏の夜の夢、各地域で夏まつり、岐路にたつまつり
子どものころ、夏になれば、両親に浴衣を着せられ手を引かれ、地域のお地蔵さんの夏まつりに連れて行ってもらった。おめん、金魚すくいや綿菓子等夜店の賑わいや盆踊りの懐かしい風景が、毎年お盆時期になれば必ず、セピア色の思い出として甦ってくる。
年々都市化が進み郊外に居を移す方が多くなった市内中心部では、地域の繋がりが薄れ、また子どもの数も激減し、昔のように夏祭りで浴衣姿の家族連れを見ることは非常に少なくなった。
松山では、三津の花火大会、松山まつり、そして夏の終わりを告げる日切り地蔵まつり(お日切りさん)等、時代の変化、また観光的な要素も加味して、年々、華やかに、賑やかになってきている。
私は、松山まつりの野球拳踊りに毎年参加している。ちなみに野球拳は、大正13年、伊予鉄の野球チームが高松遠征で敗戦後、夜の宴会での余興で、川柳家でもあった前田伍健氏が即興で作り披露したのがはじまりで、その後、欽ちゃんのコント55号により大ブレーク。
最近、札幌のよさこいソーラン踊り、高知のよさこい踊り、また県内でも宇和島のガイヤや今治のおんまく等、現代風、ロック調に曲をアレンジし、衣装も従来の法被や浴衣ではなく、専門のデザイナーが手がける。
先日、高知の知人とまつりについて談議する機会があった。
土佐のよさこいも、若い人や県外の人が多くを占める中、本来のよさこい踊りの原形を踏襲する部分が少なくなり、ダンス発表会になりつつあると憂えていたのが印象深かった。
時代とともに変えてもいい部分と、反面原型を守り、伝統文化として後世に伝えて行かねばならない部分も必要なのかなと思う
トライアスロン中島大会
今年も、昨年に引き続き中島地域の最大のイベント、トライアスロン中島大会に挑戦した。
夏休み最後の日曜日8月27日、天気は快晴、スタートは午前10時、気温は既に30℃を越えていた。
中村松山市長の合図で、約400名のアスリート達がいっせいにスイム(水泳)スタート。トライアスロンの醍醐味はこの瞬間だ。
少しでも最短距離をと、コース取りに水中での壮絶なバトル、長丁場ゆえに体力の消耗に配慮し闘争心を抑え心身ともにリラックスを心がけ、1500mを泳ぎ切り、次は40kmのバイク(自転車)に挑む。比較的起伏の少ない海沿いのコース。風景を楽しみ、また島の人達の声援に後押しされ、風を切り爽快に、ペースも次第に上がる。平均時速30km、急カーブでの転倒、パンクに気を配りながら走りきり、最後は3種目の中で一番得意な10kmラン。
ここまで抑え気味で来たので、まだまだ余力十分、「よし挽回だ!」と意気込んでランスタート。
と同時に、早くも先頭がゴール。ショック・・・・。
スタートから2時間経過、正午を過ぎ、気温は35℃近くまで上昇している。アスファルトの照り返しで体感温度は恐らく40℃くらいであろう。暑さ、疲れ、そして空腹に耐えながら、一歩一歩、歩を前へ進める。
途中、ボランティアの小中学生が、氷水を頭からかけてくれる。島の人達総出での応援、800名を越えるボランテァスタッフの皆さんに支えながら感動のゴール。
スイム38分45秒、バイク1時間24分04秒、ラン47分48秒、トータル2時間50分37秒。出場401名中、173位。これが、私の暑い夏の挑戦結果です。
(18年8月27日)